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情報セキュリティ10大脅威 2026 - IPAの順位を自社の優先順位に翻訳する

著者 aki公開 18

毎年 1 月末に IPA(情報処理推進機構)が公開する「情報セキュリティ10大脅威」は、日本のセキュリティ担当者にとって年度計画の出発点になっている資料です。2026 年版は 2026 年 1 月 29 日に公開され、3 位に「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が初めてランクインしたことが最大のトピックになりました。

ただ、この資料は順位を上から順に潰していくための「やることリスト」ではありません。10 大脅威が示しているのは「社会全体で影響が大きかった脅威」であって、あなたの組織にとってのリスクの大きさとは別物です。この記事では、全順位と前年からの変動を整理したうえで、順位をどう読み替えれば自社の優先順位になるのかまでを扱います。

情報セキュリティ10大脅威とは

IPA が前年に発生した社会的影響の大きい情報セキュリティ事故・攻撃から脅威候補を選定し、研究者や企業の実務担当者など約 250 名からなる「10大脅威選考会」の審議・投票を経て決定するものです。2026 年版は2025 年中に起きた事案が母集団になっています。

構成は「組織」向けと「個人」向けの 2 本立てです。組織向けは 1 位から 10 位までの順位付き個人向けは 2024 年版以降、順位を付けず五十音順で並べられています。順位を付けないのは「上位だけ対策すればよい」という誤読を避けるためで、この姿勢は組織編を読むときにもそのまま当てはまります。

本体に加えて、詳しい解説書(組織編)と個人編ハンドブックが後日公開されるのが通例です。2026 年版では組織編の解説書が 2026 年 3 月、個人編ハンドブックが 2026 年 5 月 21 日に公開されています。

組織向け10大脅威 2026(全順位と前年比較)

まず全体像です。カッコ内は 2025 年版の順位を示します。

順位脅威前年順位変動
1ランサム攻撃による被害1変わらず
2サプライチェーンや委託先を狙った攻撃2変わらず
3AIの利用をめぐるサイバーリスク初選出
4システムの脆弱性を悪用した攻撃31 つ下降
5機密情報を狙った標的型攻撃5変わらず
6地政学的リスクに起因するサイバー攻撃(情報戦を含む)71 つ上昇
7内部不正による情報漏えい等43 つ下降
8リモートワーク等の環境や仕組みを狙った攻撃62 つ下降
9DDoS攻撃(分散型サービス妨害攻撃)81 つ下降
10ビジネスメール詐欺91 つ下降

2025 年版で 10 位だった「不注意による情報漏えい等」が圏外となり、そこに「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が入った形です。3 位以下が軒並み 1 つずつ下がっているのは、新顔が 3 位に割り込んだことによる押し出しであって、脅威そのものが弱まったわけではない点に注意してください。

順位表から読み取るべき 3 つの変化

変化 1:AI が「話題」から「脅威」の枠に入った

2025 年版まで、AI は 10 大脅威の枠外で語られる新技術でした。それが初選出でいきなり 3 位という位置づけになったのは、2025 年に AI 絡みの実被害が具体的に積み上がったことの反映です。詳しくは次の章で分解します。

変化 2:上位 2 つは動かない=構造的な問題

ランサム攻撃とサプライチェーン・委託先への攻撃は不動の 1・2 位です。順位が動かない脅威は「まだ解決していない」という意味であり、むしろ優先度を落としてよい理由にはなりません。実際、国内で事業停止を伴う大きな事故を起こしているのは、ほぼこの 2 つのどちらかです(後述の事例マッピングを参照)。

手口の最新動向は 2026年のランサムウェア サプライチェーン攻撃の6類型と防御 で詳しく扱っています。

変化 3:内部不正が 4 位 → 7 位に下がったことの読み方

3 つの下降幅は今回もっとも大きい動きですが、これを「内部不正が減った」と読むのは危険です。10 大脅威の順位は選考会の投票、つまり「その年に社会的な影響が大きかったか」で決まります。外部からの攻撃が派手に目立った年は、相対的に内部要因の順位が下がります。

内部不正と、圏外になった「不注意による情報漏えい等」は、いずれも権限設計とログで抑えるタイプのリスクです。順位が下がったからといって、退職者アカウントの棚卸しや特権アクセスの管理を後回しにする理由にはなりません( ゼロトラストとは )。

3 位「AIの利用をめぐるサイバーリスク」を分解する

この脅威が扱う範囲は広く、「AI が危ない」という一言では対策に落とせません。実務では、攻撃者側・利用者側・システム側という 3 つの層に分けて考えると整理しやすくなります。

層 1:攻撃者が AI を使って攻撃を強化する

フィッシングメールの文面生成、マルウェアの自動生成、標的の下調べなど、これまで人手と時間が必要だった工程が自動化されます。日本語の不自然さでフィッシングを見分けるという従来の勘所が通用しなくなったのは、実務上とても大きな変化です。加えて、生成した音声や映像を使ったなりすまし(ディープフェイク)による詐欺も現実的な脅威になりました。

メールやチャットの「文面が自然かどうか」ではなく、送信元・依頼内容・承認フローで判断する運用に切り替える必要があります。10 位のビジネスメール詐欺とも地続きの話です。

層 2:自組織が AI を使うことで情報が漏れる

クラウド型の生成 AI に機密情報や個人情報を入力してしまい、意図せず外部に送信してしまうケースです。さらに、組織が把握していないところで従業員が個人契約の AI を業務に使う「シャドー AI」が広がると、統制もログも効きません。出力をそのまま信じてしまうハルシネーション(誤情報)による誤判断も、この層のリスクに含まれます。

禁止一辺倒にすると、かえってシャドー AI を増やします。「入力してよい情報の線引き」と「業務で使ってよい AI サービスの明示」をセットで示すほうが現実的です。

層 3:AI システムそのものが攻撃される

自社が AI を組み込んだサービスを提供している場合、AI 自体が攻撃対象になります。代表がプロンプトインジェクションで、外部から取り込んだデータに仕込まれた指示を AI が実行してしまう間接プロンプトインジェクションは、AI に外部データと権限を与えるほど危険度が上がります。

3 つの層は対策の担当部署が違います。層 1 は全社員の運用ルール、層 2 は情報システム部門のガバナンス、層 3 は開発チームの設計です。「AI 対策」とひとまとめにせず、どの層の話かを毎回はっきりさせることが、この脅威を扱ううえでの実務的なコツです。

各脅威は、日本で実際にどう起きたのか

10 大脅威は抽象度が高いため、そのままだと社内の説明資料に使いづらいという問題があります。国内で実際に起きた事案と紐づけると、途端に自分ごとになります。以下は 国内の主要セキュリティインシデント事例(2020–2025) で扱った公表事案との対応表です。

脅威国内で対応する公表事案何が決定打になったか
1位 ランサム攻撃KADOKAWA、アサヒグループHD、つるぎ町立半田病院、名古屋港未更新の VPN・境界機器からの侵入と、分離不足による横展開
2位 サプライチェーン・委託先イセトー、LINEヤフー、富士通 ProjectWEB、大阪急性期・総合医療センター委託先や共通基盤の弱点が、そのまま委託元へ波及
4位 システムの脆弱性つるぎ町立半田病院(CVE-2018-13379)、三菱電機(CVE-2019-9489)公開済みパッチの未適用・管理サーバのゼロデイ
5位 標的型攻撃三菱電機、ホンダ組織固有の情報を持つ攻撃者による狙い撃ち
8位 リモートワーク環境イセトー、アサヒグループHDVPN の認証が弱く、MFA がなかった

この対応表から見えるのは、脅威の名前は 10 通りでも、入口は「未更新の境界機器」「委託・グループ経由」「弱い認証」の 3 つに集中しているということです。10 個の対策を並列に走らせるより、この 3 つの入口を塞ぐほうが、はるかに費用対効果が高くなります。

順位を「自社の優先順位」に翻訳する

10 大脅威をそのまま対策計画にすると、1 位のランサムウェアから順に予算を積む形になりがちです。しかし順位は社会全体での影響の大きさであって、自社のリスクの大きさではありません。翻訳には次の 3 ステップを踏みます。

ステップ 1:守るものを先に決める

脅威から入らず、止まると事業が止まるもの・漏れると取り返しがつかないものを先に挙げます。製造業なら生産ライン、BPO なら預かっている委託元のデータ、EC なら決済と顧客情報です。ここが定まらないうちに脅威リストを眺めても、優先順位は付きません。

ステップ 2:そこへ到達しうる経路だけを残す

10 個の脅威それぞれについて、ステップ 1 の資産に到達しうるかを判定します。社外公開サービスを持たない組織にとって 9 位の DDoS 攻撃の優先度は低く、逆に委託先に大量の個人データを預けている組織にとって 2 位のサプライチェーンは 1 位より重い、といった具合に、順位は自然に組み替わります。

ステップ 3:入口の共通性でまとめて塞ぐ

前章のとおり、複数の脅威が同じ入口を共有しています。「VPN・境界機器の更新」「特権アクセスの MFA 必須化」「委託先の点検」という 3 つの施策は、1 位・2 位・4 位・5 位・8 位に同時に効きます。脅威ごとに施策を割り当てるのではなく、施策ごとに効く脅威を数えると、限られた予算の配分先が見えてきます。

インシデントが起きた後の動き方については セキュリティインシデント対応手順 を、攻撃者の手口を体系的に把握するには MITRE ATT&CK の読み方 を参照してください。

個人向け10大脅威 2026(五十音順)

個人向けは順位を付けず、五十音順で 10 項目が挙げられています。組織のセキュリティ教育でそのまま使える内容です。

脅威関連する解説
インターネット上のサービスからの個人情報の窃取インフォスティーラーとセッション乗っ取り
インターネット上のサービスへの不正ログインMFA / TOTP / FIDO2 の違い
インターネットバンキングの不正利用パスワード強度の考え方
クレジットカード情報の不正利用QRコードを悪用したフィッシング(クイッシング)
サポート詐欺(偽警告)による金銭被害サポート詐欺・偽警告の手口
スマホ決済の不正利用多要素認証の選び方
ネット上の誹謗・中傷・デマ
フィッシングによる個人情報等の詐取ClickFix(偽CAPTCHA)の手口 / デバイスコードフィッシング
不正アプリによるスマートフォン利用者への被害
メールやSNS等を使った脅迫・詐欺の手口による金銭要求偽警告からの金銭要求

AI による文面生成が普及した今、「日本語が不自然だから偽物」という見分け方はもう教えないほうがよいというのが、2026 年版を踏まえた教育内容の更新ポイントです。代わりに「URL を自分で開き直す」「公式アプリから確認する」といった、文面の巧拙に依存しない手順を教えてください。

明日から着手できるチェックリスト

10 大脅威のうち複数に同時に効く順に並べています。上から順に確認してみてください。

  • ☐ インターネットに面した VPN・境界機器のファームウェアを最新化し、使っていない機器・アカウントを廃止した(1・4・8 位に有効)
  • ☐ VPN・管理系・特権アクセスに MFA を必須化した(1・7・8 位に有効)
  • ☐ バックアップをオフラインまたはイミュータブルで保持し、実際に復旧を試した(1 位に有効)
  • ☐ 委託先・グループ会社のセキュリティ要件を契約で定め、点検している(2 位に有効)
  • ☐ 業務で使ってよい AI サービスと、入力してよい情報の線引きを明文化した(3 位に有効)
  • ☐ 自社サービスに AI を組み込んでいる場合、AI に渡す権限を最小化し、外部データ由来の指示を実行させない設計になっている(3 位に有効)
  • ☐ 退職者・異動者のアカウントと特権付与を棚卸しし、操作ログを保全している(7 位に有効)
  • ☐ 送金・口座変更の依頼は、メールの文面ではなく既知の連絡先への折り返しで確認する運用にした(10 位に有効)
  • ☐ 公開サーバーのセキュリティヘッダーを点検した(Security Headers Analyzer で採点できます)

実体験:順位ではなく「入口」で考えるようになった

この記事を書く前、私自身も 10 大脅威を「今年はこれが流行っているのか」というトレンド一覧として眺めるだけで終わっていました。見方が変わったのは、 国内インシデント 12 件をまとめた記事 を書いたときです。個別の事案を並べて調べていくと、脅威の名前は違っても入口が「未更新の VPN」「委託先経由」「弱い認証」に驚くほど集中していることがはっきり見えました。その視点で 10 大脅威を読み直すと、10 個の独立した課題ではなく、数個の入口の言い換えとして整理できるようになりました。

個人開発でも同じ考え方を使っています。本サイトは静的に近い構成でサーバー側に利用者のデータを持たない設計にしているため、10 大脅威をそのまま当てはめると刺さらない項目のほうが多くなります。それでも「自分にとっての一番の入口はどこか」で考え直すと、答えははっきりしていて、デプロイに使うアカウントと API キーです。ここが取られたら、サイトの中身を書き換えられて終わりです。だからこの規模でも、秘密情報はコードに残さず環境変数で管理し、公開リポジトリに含めない運用を徹底しています。

3 位の AI リスクについても、当初は「自分には関係が薄い」と考えていました。ただ、開発に AI を使い、AI に外部の情報を読ませる作業をしていると、層 3 の間接プロンプトインジェクションは他人事ではないと感じます。外から取り込んだ文章の中に指示が紛れていたらどうなるかという視点は、規模の大小に関係なく必要になったと思っています。

参考にした一次情報

  • IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026」(2026 年 1 月 29 日公開)— 組織向け順位・個人向け項目・選定方法
  • IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026 解説書[組織編]」(2026 年 3 月)
  • IPA「情報セキュリティ10大脅威 2025」— 前年順位の比較用

本記事の順位・名称は IPA の公開情報に基づいています。解説書の改訂や追加資料の公開により内容が更新される場合があるため、詳細は IPA の一次情報をご確認ください。

おわりに

2026 年版の見どころは、3 位に AI が入ったことよりも、1 位・2 位が動かなかったことのほうかもしれません。新しい脅威に注目が集まる一方で、実際に事業を止めているのは相変わらずランサムウェアと委託先経由の侵害であり、その入口も毎年ほとんど変わっていません。

10 大脅威は「今年の流行を知る資料」としてではなく、自社の入口が塞がっているかを毎年点検するチェックポイントとして使うのが、いちばん効く読み方だと思います。まずは上のチェックリストで棚卸しをしてみてください。

この記事を書いた人
akiサイバーセキュリティ実務者 / エンジニア

サイバーセキュリティ業界で実務に携わるエンジニア。脆弱性・認証・暗号・ネットワークなど、現場で必要になる知識を開発者・運用担当者向けにかみ砕いて解説しています。

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本記事は一般的な情報提供を目的とした解説であり、特定環境での動作・安全性・成果を保証するものではありません。実際の対策の適用は、各自の環境と責任において判断してください。

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